恋のはじまり

年下男子の可愛くない逆襲

「やっ! さっきぶりだね、英恵ねーちゃん」

 前の座席から身を乗り出したのは

今年受験生になった従弟いとこ和志かずしだった。

「……っくりしたァ……じゃ、なくて! なんでここにいんのよ!」

「しーっ! ねーちゃん声でかい!」

 あっと口元に手をやっても後の祭り。

車内の視線が刺さり、思わず背を丸める。

「隣、いいよね」

 和志は飄々ひょうひょうとした様子で座席を移動してきた。

「ねーちゃんの隣、ずっと人がいたから、
見つけてから一時間くらい前の席にいたんだけど、全然気が付かなったね」

「……なんでいるのよ。あんたが、ここに」

「なんでと言われましても。それはねーちゃんと同じ理由なんじゃない?」

「は?」

「逃げたくてたまんないんだよね。あそこから」

 一八歳らしいあどけなさの中に、どこか人を揶揄やゆするようなニヒルな笑みを持つ和志は、

私の知っている彼よりも、ずっと大人の表情をしていた。

「つまり、家出?」

「そうとも言うね」

「ちょっと、お願いだから面倒ごとに巻き込まないでよ」

「えー。従弟のよしみで少しは同情してよ。この電車、終電だよ? 
このまま俺のこと見捨てたらもっと面倒ごとになるんじゃない? 警察とか介入しちゃって」

 猫のように飄々と、いたって悪気のない様子。

あどけなさを演じる一方で、その瞳の奥の狡猾こうかつさが隠しきれていない。

 私は舌打ちを堪えて思わず額に手をやった。

 ――あぁ、そうだった。

 この小賢しい程に頭の回転が速い従弟、

厳密に言えば、義理の従弟は、昔から不愉快に優秀な奴だった。

「一晩だけだからね。あと、ちゃんと家には連絡して」

「ん。ダイジョーブ。友達んち泊まるって二時間前に連絡済み。
口裏合わせてもらうよう言ってあるし」

「……手際よすぎない?」

「柔軟性があるって言ってくれる?」

 全く、と呆れたのに、

いつのまにか自分の口角が上がっていることに気が付く。

 久々に、和志の頭を撫でてみた。

「え、なに」

「別に。背、伸びたね。だいぶ抜かされたなぁ」

「こちとら成長期だからね。三年近く顔を合わせなかったら体格くらい変わるよ」

 照れくさいのか、少し怒ったように払われてしまった。

 話すことはいくらでもあった。

聞いた方が良いことも、いくつか。

 それでも私達は目的地まで口を開くことはなかった。

 互いの肩が触れて、伝わる温度が、

どちらの熱かもわからないまま交じり合う。

 和志は、六年前、あの田舎から逃げるように飛び出した私と同い年になった。

 ――あの時自分が取り付けた約束を、今でも覚えているのだろうか。

………

………

………

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