恋のはじまり

甘く、解される

 言ってから気がつく。

何が、大丈夫なんだ。

フォローのつもりがドツボもいいとこ。

 ますます肩をすぼめる雄司君がかわいそうで、私は慌てふためき

「若いから仕方がないよ! 私は気にしていないから!」

 何故かヘラっと笑ってしまった。

 刹那せつな、雄司君の表情はひどく傷ついたように歪む。

そして、丁寧な謝罪の後、いつも通り電気を流して、ろくに会話ができないまま店を後にすることとなった……。

 ――それが、二週間前の話。

 

「あぅ……会いたいよぉ、雄司君……」

 残業でボロボロになっていく身体を引きずり、マッサージや整体の看板を見るたびに雄司君の施術を思い出す。

 半分ブラックな我が社は繁盛期はんじょうき、終電手前まで机にかじり付かないと業務が終わらない。

整骨院の予約が取りづらいのはもちろん、この二週間は営業時間をブッパしている。

 一度だけ、深夜までやっているマッサージ店に行ってみたが……ただ雄司君が恋しくなるだけだった。

力任せに揉まれるだけのマッサージはいっそまな板の上で肉塊にくかいになって料理されているかのようだった。
………

………
「はぁー……肩も首も腰も痛い……」

 夜の駅前にはリフレの看板が一際目立つが、もう足を向ける気にはならない。

看板を眺め、やっぱりプロの柔道整復師は違うんだなぁなんて思っていた時だ。

「あの! 史華さん!」

「え、えぇ?! 雄司君?!」

 突然の呼びかけに心臓が跳ねる。

 私服姿の雄司君は走ってきたのか、汗がにじんでいた。

 こんなところで会うなんて驚いたよ、と私が続ける前に、雄司君は必死の形相ぎょうそうを向ける。

「み、店、変えるんですか?」

「え?」

「やっぱり……最近来ないのも俺のせいですよね……」

 がっくりと項垂うなだれる。一瞬言葉が詰まった。

単純に何を言われているのかわからなかったから。
………

………

「ち、違うから! 仕事が忙しくて時間が取れなかったの! 今日だってほら、もうお店開いてない時間でしょ?」

「それで他のマッサージ店へ?」

「う……うん、一回行っちゃった。どうしても身体が辛くて。でも全然気持ち良くなかったの。
だから雄司君が恋しいなぁって思って看板見ていたワケ。だからもう行かないとかありえないから!」

 口にしていて、思う。

 まんま浮気の言い訳ではないかと。

(えぇー、やば、私なんかイタイ女? なんでいつも余計なこと言っちゃうんだろ……)

 気持ち悪がられていないか、恐る恐る雄司君を見上げれば。

「雄司君?」

 両手で顔を隠し、天を仰いだりしゃがんだりしている。

「……やべぇ……すげぇ嬉しくて……すんません、ちょっと今見せられない顔してる」

 そっぽを向くが、耳が赤いので赤面しているのはモロバレ。

(あー……本当にかわいいなぁ)

 多分彼が犬だったら全力で尻尾を振ってくれただろう。

むくむくとイタズラ心に火がついてしまう。

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