マニアック

爆尻アラフィフ未亡人と変態上司

大き過ぎるお尻がコンプレックスだった

「あ~あ、私のってなんでこんなに大きいんやろうか・・・」

毎朝着替える時に、必ず自分のお尻のサイズが気になって仕方がない。

私の名前は多岐川明美。

つい先月、50歳になったばかりの大阪在住のオバちゃん。

でも、周りの友人からは、女優のかた○梨乃さんに似ているとよく言われる。

私自身も若い頃からちょっと似ているかも、と思っちゃうくらい、自分で言うのも
なんですが、顔が似ています。

スタイルも似ていれば嬉しかったんだけど、さすがにそう上手くはいきません。

身長は低いし、どちらかというとデブとはいかないまでも、ちょいポチャ体形で、
とてもご本人のようなナイスバディには程遠いスタイルです。

そして、その中でも、私が子供の頃からずっとコンプレックなのが、大きなお尻。

大きいと言っても、そんじょそこらのサイズじゃないんですよ。

よく大きなお尻を巨尻なんて言葉で表現しますが、私のお尻って、巨尻という言葉より、

爆尻という言葉の方がピッタリなんじゃないかと思うほどのデカさ。

「あんた顔は結構べっぴんさんで愛嬌もあるのに、体形がちょっとなぁ・・・、特に、
そのおっきなお尻。なんでそないにデカなったんやろなぁ」

と母親にも、デカ尻をイジられる始末。

お母ちゃん、なんでこんなに大きなお尻で私を生んじゃったの・・・、なんて私の母親を
恨んだこともあったっけなぁ。

そうそう、あれは小学校の体育の授業だったかな。

1980年代前半に小学生だった私。

今でこそ体育の授業で着る体操服は、男女ともハーフパンツというスタイルになって
しまいましたが、その当時は、男子はショートパンツ、女子はブルマでした。

今のハーフパンツ世代の若い子からしてみれば、昔の女子のブルマは、なんて破廉恥な
格好なんだと思うはず。

だって、ピッタリお尻にフィットしてお尻の形がはっきりわかるし、太もも全開だった
もん。

中には、はみパンしてたり、はみ尻していた子もいたぐらいやから。

今では考えられないようなエッチな格好だったと思うんだけど、まあ、当時はそれが
当たり前の時代だったってこと。

そして、私が小学6年生の時、もちろん私は紺色のブルマを体育の授業で穿いていたわけ
だけど、小学生にしてはお尻が大きすぎて、もうブルマがピッチピチ。

一番大きいサイズだったと思うんだけど、それでも下尻がはみ出しちゃうくらいに、
パツンパツンだったの。

小学6年生にもなれば、もうそれなりに男子も性に対して興味を抱き始めている年頃。

小学生の頃は、体育はクラスの男子女子全員で一緒に授業を受けていたので、当然、女子
は男子にブルマ姿を見られるわけです。

それで、毎回のように私のお尻に対する男子たちのいやらしい視線を感じていました。

もう本当に恥ずかしくて、嫌で嫌で仕方がなかったのを今でもはっきり記憶しています。

体育祭の時なんて、騎馬戦だと背が低い私なんか100%上に乗るから、下で支える、
特に、後ろで支える男子には至近距離で見られるので、嫌でたまらなかった。

下で支えている前の人の肩に、後ろで支える左右2人の片手を回すことで、それが上に
乗る人が座る所になるわけだけど、これがまた嫌で仕方がなかった。

だって、いざ騎馬戦が始まると、騎馬の体勢が崩れた時に、後ろの2人の手や顔に
お尻が密着しちゃうんだから、恥ずかしいったらありゃしない。

中学校になってすぐに、一部のクラスの男子からはデカ尻女と呼ばれるわで、一時もう
学校に行きたくないって思ったことがあるくらい。

そして、とうとう高校生の時には、お尻のサイズが100センチにまで成長しちゃったの。

ここまで成長しちゃうと、今度はファッションでの制限も出てきて、穿けるスカートが
なかなか見つからない。

そう、お尻が大きすぎて全然入らないのです。

特に、デニムパンツなんてちょうどお尻で引っ掛かって、それ以上は上がらないの。

女性ファッション誌でモデルさんの小さなお尻を見ては、

「はぁ、私もこんな小さなお尻になりたいなぁ・・・」

といつも羨ましい気もちで嘆いている。

どうせ世の中の男って、みんなモデルさんのような小さなお尻が好きなんだろうなぁ。

こんな100センチ超えのビッグサイズの爆尻女なんて、誰が振り向くものか。

絶対どの男にも相手になんかされないよね・・・、とずっと思い込んでいました。

そう、あの憧れの人と再会するまでは・・・。

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