恋のはじまり

逆転婚活

よくある失恋へのなぐさめに

「男は星の数ほどいる」

 という鉄板ネタがあるけれど、数多いるオスの中で倫理と常識と理性をある程度持ち合わせた異性に一生のうちで出会える数は惑星よりも少ない、と私、梨花(りか)は思う。
………

………
「だからさぁ! 業者のサクラの子いるんでしょ? こんなことあっていいの? 婚活バーなのに詐欺だよ詐欺!」

 多分、私の眼はスーパーで半額のシールを張られたあじより死んでいる。

 カウンターを挟んで正面に居座る男性客は

「いかにも俺、苛立っていますから!」

とアピールするようにナッツをかみ砕く。

 すごくどうでもいいけれど、鼻先に脂取り紙をあてたらいい魚拓が取れそうだなぁ。

「こちらではそのような事実は把握できておりませんし、ご存じの通り当イベントでは本人確認は必須となっておりまして……」

「だからぁ! その証拠は? 女の子集まらなくて素人に収集かけたんじゃないの?」

 唾を飛ばさん勢いだ。

拳の一つ叩き込めたらすっきりするだろうか? いや、手が脂まみれになるだけだな……。

 普通の接客業ならのらりくらりとかわせるものがあるものの、この店のコンセプトは『カウンセリング付き婚活バー』。

 婚活バーとして少人数一時間程度のイベントを行った後、別スペースで婚活におけるアドバイスを受けることができる。

 早い話、反省会が売りなのだ。

 ちなみにイベント中に成立したカップルは早々に退席できる。

 残っているのは……つまり、そういうこと。

 スタッフは複数のお客さん相手に、今日の反省を振り返る『問診票』を元に話をきいたり、アドバイスをしたりする。

 カップルが成立しなかったことを一方的に相手のせいと捲し立てるような、自己を振り返れない相手とはすこぶる相性が悪いシステムだ。
………

………
 私はチーフにアイコンタクトで『無理。もう頑張れない』とアピールする。 

 苦い顔をしてこちらへ来てくれた。

「失礼します。ここからは対応を変わらせていただきますね。梨花さん五番入っています」

 不満げなおっさんに有無を言わなせない岩瀬(いわせ)チーフ。  
 
 この手のおっさんは若い男性スタッフと相性が悪いのが相場。そう長く粘らず帰る、はず。

「五番」とは五分程度の小休憩のあとホールに行け、という指示だ。

 私は挨拶を交わし、バックヤードに入った。

「お疲れ様です。先輩掴まっていましたねぇ」

「……おつかれ。知っていたなら助けてよ」

 先にバックヤードにいた後輩、香織(かおり)は「無理無理」と笑う。

「私、前回シマダのことキレさせているし、今日私の顔見た瞬間舐めるような目つきで睨んできたもん。超きもーい」

「え、そんなことあったの? つかシマダって言うんだ」

「先輩カルテくらいちゃんと見ましょうよ。『業者なんていませんよー。シマダさんここで同じ女の子と会ったことないでしょ?』って説明したら急にキレはじめてさぁ……あ、その前に『君はどうなの?』とか言われて適当にあしらったんだっけ」

「へぇ……それ、いつの話?」

「先週、ですね」

「……婚活バーに毎週来て同じクレームってやばくない?」

「ナンパ目的の飲み屋ならまだしも、うちみたいな結構ガチめのところってのがまたイタイっすよねぇ。何をもってして『業者』『業者』言うんだか超ナゾ」

 確かに婚活カフェやバーで運営側が女の子を――いわゆる『サクラ』を用意するケースは珍しい話ではない。

 ただし、それはそういうケースもあるだけであり、うちの婚活バーでそのような事実は全くない。つまりシマダはどの女性ともコミュニケーションをとれていない。

「女ってか、人類と合わないんだろうな、あのおっさん」

「一定数いますよねぇ、そういう奴。さて、岩瀬チーフが対応してくれているなら飛び火も少なそうだし、ホール戻りまーす」

「あぁ……うん、頑張って」

 始終明るい様子の香織だけれど、キレられるとかかなり嫌な思いをしただろうな、と同情する。

 私はこの婚活バーの前はクラブやキャバクラなどで働いていた。

 職業柄、どうしても男の人を相手にすることが多いわけで、おっさん、しかも酔っ払いに理不尽に怒鳴られた回数は片手じゃ足りない。

「あー……もっと働いている人間に優しい世の中になってくれないかなぁ。せめてちゃんとコミュニケーションがとれる男と会話がしたい……」

 私はぼやきつつ、メイクを軽く整えた。

 めんどくさい客の相手の後はどうしても疲れが浮かぶ。

 心なしか濃い目にして、フロアへと戻った。

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