只その本を手に取り、読み進めていくと、私の胸の奥底にある、秘かな感性が激しく反応して、全く不思議な快感が全身を駆け巡る。
その感覚は私を大層喜ばせる。
大学が始まって、私のT先生への心酔ぶりはますますひどくなって行った。
T先生の作物で読めるものは全て読んだ。
もちろん大学の授業や課題、バイトはきちんとやっていたから、終日読書が出来た訳ではない。
平日は良くて五、六時間、休日はもっと読めたが、バイトが忙しいと読書の時間は少なくなってしまうのだった。
気付くと夏休みになっていた。
私はバイトの帰り、ふと、ある事を思い付いた。
T先生宛てに手紙を書こう。
私はその頃、ぼんやりと自分の将来の上に小説を書いている自分の姿を想像する事がよくあった。
私ははっきりと小説家になりたいと思った事は一度もない。
しかし、それらが自分の意思とは反対に、どんどんしっかりとした形を作っていったのだった。
家に帰ると、早速手紙を書き始めた。
………
………
………
そんな事があってから三週間後の事、私とT先生は直接会う事になった。
もう夏休みは終わろうとしていた。
私は出版社へ行くと、そこから編集者の運転する車でT先生の家へ向かった。
T先生はその時丁度四十歳になったばかりであったが、年の割に若々しい肌をしていた。
そしてとにかくカッコ良い。
細くしっかりとした黒い眉と眉の間から、高く鋭い鼻梁が僅かに右に折れ曲がって下へ伸びていた。
色の良い、艶のある引き締まった唇。
大きく切れ長の潤いある目。
いくつか凹凸のある狭い額。
そしてその上に
T先生は私を書斎へ連れて行った。
私はT先生の後ろに付いていきながら、T先生が執筆している姿を想像してみて、そのT先生があまりに真面目な顔をしていたので、思わず吹き出しそうになった。
私は用意された椅子に腰掛けて、T先生と雑談をしている。
それは主に私のT先生の作品に対する感想であった。