傷心旅行で訪れた思い出の地で出会ったキス魔カップル
何回電車を乗り継ぎ、どれだけの時間が経過しただろうか。
頭がボーッとしたまま、気付けば福井県のと或る温泉街に辿り着いていた。
そこは、私が大学生の時に付き合っていた彼と旅行に来たことがある思い出の地だった。
無意識のうちに恋と仕事で疲れた心を癒やすための傷心旅行に、この地に選んで向かっていたのかもしれない。
そんなことを考えながら、温泉街を歩いていると、
「お姉さんが、キスしていたよ」
と知らない小学生低学年ぐらいの男の子が、通行人の私を見上げて、真面目な顔でどこか自慢げに報告してきた。
7年ぶりに訪れた思い出の地の駅前を目的の方向に10分ほど歩いたところだった。
そのあまりにも懐かしい場所は目の鼻の先だった。
細い通りを曲がると、本当に男と女が道のど真ん中でキスをしていた。
それも激しくお互いの舌を絡め合っている。
たまたま人気が少ないタイミングだったとはいえ、こんな温泉街の道のど真ん中でキスをするとは、何て大胆過ぎるカップルだろう。
おそらく、その男女2人は20歳半ばぐらいだろうか。
日中堂々と貪り合っている2人を見て、私は何だか自然と笑顔になってしまった。
こっちは心の病で苦しんでいるというのに、のどかなもんだ。
キスは私が喉から手が出るほど欲しているものではあるが、同時に私の心を打ちのめしたものでもある。
だが、今の私にはキスをすることはあまりに遠かった。
久しくこんな男女の距離にはなっていない。
女は溌剌とした派手な顔の美人で、所謂エキゾチックな雰囲気漂う女性だった。
男は動物のライオンのように目が細く肉食系の野獣だ。
情熱的な2人が情熱的なキスを続ける。
それがあまりにも決まっていて映画のワンシーンみたいだ。
今の私にはあまりにも眩しかったが、私は歩く足を止めることなくガン見してしまう。
7年前に一度元彼と旅行に来たことがある旅館が至近距離に見える。
その近くで20代の男女が道の中央で臆面もなくキスをしている。
男の視線はチラッとこちらの私を捉えた。
君は眼中にないという感じですぐに外した。
ああ、男とキスをしたい。
できればあの男としたい。
今すぐここでしたい。
舌を思いっきり絡めて歯茎まで舐め回すような激しいキス。
そして、溢れ出る唾液を交換し合って我を忘れたい。
正直な感想が路上に垂れ流しになった。
その女が心底羨ましかった。
だけど、それをそのままずっと見ているわけにもいかない。
見ていたのは通り過ぎる少し長い一瞬だけ。
私はその場を離れながら、キスをする2人の方を振り返った。
まだキスを継続していた。
ライオンの男には若干の余裕が感じられた。
女の方はキスに酔いしれて夢中になり、まるで永遠に続くかのように、ライオンの男のキスを貪欲に求め続けていた。