――バサバサバサッ!
「わぁっ!?あああ!やっちゃった!」
妄想に
萌香はワタワタしながら散乱したDVDに手をのばす。
これじゃあ白田さんが来た時「DVD拾いましょうか?」とか言われて、私がいくら「いいえ!」って答えても拾い始めちゃってえっちな雰囲気にならなくなっちゃう!などと心配して、萌香がしゃがみこんだ数秒後だった。
「こんばんは、会いに来ました。白田です」
「え……」
ひょろりとして背が高く、黒縁の眼鏡に、薄くて疎らな無精髭。
だるだるのジャージに、ボサボサの頭。
伸びた髪を後ろで適当に結んでいる。
いかにもなダメンズダサ男――のはずだった。
「白田、さん?」
「はい」
だが目の前に立っているのは、仕立てのいいスーツに身を包み、髪を軽く後ろに撫でつけ、誰もが振り向きそうなイケメン面した男だった。
抱えた赤いバラの花束が恐ろしいほど似合っている。
「今日は返事ありがとう。はい、なんて言ってもらえると思わなかったから、すごく嬉しいよ」
白田はバラに負けないほど頬を赤くして、はにかんだ笑みを見せた。
萌子の胸がきゅぅぅぅんと大きな音を立てる。
キューピッドの矢が引き絞られる音だ。
「え?私、そんな返事してな……」
「僕が送った、DVDタイトルの縦読みメッセージに気付いて、あなたも同じように返事をしてくれたんだろう?」
「縦読み?」
そういえば、今日おまけだと言って渡したDVDは『はしたない私をイジメてください』と『嫌なのに嫌じゃない~ドキドキ☆秘密のえっち体験~』だった。確かに縦読みにすれば「はい」になるが……。
「あ、あれ?まさか……」
萌香は頭の中で、白田がレンタルしたDVDを借りた順に並べてみる。――たしかに縦読みすることはできるが……。
「俺の性癖がああいうのだと誤解されたらどうしようかと思ったけど、あなたがちゃんとメッセージに気付いてくれて良かった。この店に普通のDVDが置いてあったら良かったんだけどね」
「この店、えっちなDVD専門店ですから……」
「うん。俺、えっちなDVDなんて一つも観たことないからさ、店番してるあなたに会いたくて、結構がんばって通ったんだ」
「え?ああいう性癖じゃない上に、えっちなDVDを観たことすらないんですか?」
「……っ、恥ずかしくて観れないよ。パッケージが目に入るだけでも恥ずかしくて、わざと度の入った眼鏡かけてたんだ。……あの、改めて言うよ。君に一目惚れしました。付き合って下さい」
キューピッドの矢は勢いよく飛び、萌香のハートにドンピシャ超絶クリティカルヒット――しなかった。
「お断りします。私、えっちな人がいいので」
「え……」
「DVD拾うの手伝ってくれません?拾い終わったら、閉店しますので出ていってください」
そうして店のシャッターを閉めたと同時に、萌香は心のシャッターも閉じたのだった。
(数カ月後、白田は立派な変態へと進化して萌香の心を掴んだ)