少し猫に似た大きな瞳がかすみに向けられると、なんだかむず痒いような、すこしだけ緊張するような気持ちになった。
かすみの言葉で楽しそうに笑う拓海の表情を横目で伺って、恥ずかしくてさっと視線を逸らすことが少しずつ増えた。
Tシャツに透ける拓海の背中の逞しさにドキリとし、首の筋につい視線が引き寄せられる――そんな自分に気がついては「自分は先生なのだから」と言い聞かせるようになった。
そして拓海の視線にも、少しずつ熱が混じり始めていた。
かすみを見る瞳は優しく、それでいて熱がこもっていた。
かすみがノートをのぞいている時にあらわになるうなじを熱っぽく見つめては、かすみにばれないようにさっと元に戻した。
先生、ここは?と質問をしているふりをしてかすみに身体を近づけ、肩が触れ合ってはドキドキした。
狭い個室で二人きりで、お互いの空気はお互いがすぐに察知するようになった。
家庭教師のアルバイトが始まって三か月ほどで、拓海の定期試験の時期になった。
各科目で目標を決め、それに向けて授業を進める――そんな中、拓海がある提案をした。
「ねえ先生、俺この目標点とれたらさあ……先生にお願いがあるんだけど」
「え?何?」
突然の提案に、かすみはドキドキしながら拓海にたずねたが、拓海はにいっと笑った。
「秘密!目標点とれたら言うから、もしダメだったら断ってくれていいよ!……どう?」
「何それ、今言えないことなの?もー……わかった、いいよ」
「やった!俺頑張るね!」
大きな瞳でじっと見つめられて、かすみはつい頷いてしまった。
何を言われるかはわからないが、それで拓海が勉強を頑張ってくれるなら――そんなことを思いながらも、内心かすみはドキドキしていた。
どんなことを言われるのだろう……全く想像が出来ないからこそ、つい考えてしまう。
………
………
………
気が付けばかすみは、授業以外の時間にも拓海の事を考えるようになっていた。
「先生、今日テスト戻ってきたんだけど……」
定期試験が終わり一週間、拓海がニコニコとかすみに笑いかけた。
手には何枚もの紙をもって、空中でひらひらと泳がせている。
点数が見えないようにテストを裏向きにしているが、丸ばかりついているのが透けて見えた。
「うん、どうだった?」
かすみはなるべく自然な声を出そうとしたが、緊張で少しかすれていた。
これから拓海が何を言うのか、考えるだけで苦しくなるほどにドキドキした。
「まずは、これ!」
そんなかすみの状態を知ってか知らずか、拓海は一枚ずつテストをかすみに見せてくる。
一枚目にめくったのは、数学だった。
数学は拓海の得意科目――表に向けられたテストは、90点だった。
「す、ごい……すごいよ!クラスでも上位なんじゃない!?」
「結構上だと思うよ、平均点低かったしさ」
こともなげにそう言った拓海は、また一枚、テストをめくる。
国語のテストは、75点。次の英語は83点、日本史は78点――……
全てのテストをめくり終えた拓海は、ニコッと笑ってかすみを見やった。
全て、目標の点数を超えていた。
「目標超えたよ、先生♪お願い、聞いてくれる?」
「それは……聞いてから考える、でいいんだよね……?」
「もちろん」
そう拓海が答えると同時に、身体をトン、と軽く押される。
「わっ」と声を上げて倒れこんだ先は――拓海のベッドの上だった。
ベッドの上にあおむけに横たわる形で倒れたかすみの上に、拓海の身体が近づいてくる。
「え――」
心臓が痛い程に激しく動いていた。
すぐ目の前に拓海の顔がある。
かすみの顔の両側に拓海の手が置かれ、胴体が触れそうなほどに近い。
拓海の視線に射抜かれて、身動きがとれなかった。