TPOを弁えた格好ーーつまり華やかな装いで、
私はクラブのエントランスをくぐった。
敢えてミニスカートで来たのは、サキに対する意地みたいなものである。
バッグの中の手鏡で素早く化粧をチェックしながら、
こういう格好をしているとますますサキと自分は似てしまうなと、胸中ため息を吐いた。
妹とはそれなりに仲良くやっているが、
性格は真逆で、二人で一つのように扱われるのは抵抗がある。
「お姉さん一人?一緒に飲もうよ」
いかにも軽薄そうな男が声をかけてきた。
こちらがしっかりしていれば、ただ会話をして酒を飲んで解散。
そういうふうに対応できる相手だと判断して、適当に会話を合わせる。
どちらかといえば真面目に、身持ちも固く生きてきているが、
別に男性が苦手というわけじゃない。
それに相手の男性が危険か危険じゃないかは、
私を含め普通の女性が普通に持っている感覚で、ある程度は判断ができる。
「今日はじめて来たんだけど、一階はラウンジって感じね」
「うん、奥にちょっと踊れる場所があるよ。
でももみくちゃになって皆でダンスしたいなら地下がオススメ。
地下は音楽がガンガン流れてて、ライトもぐるぐる回ってる。
混んでるから狭いけど、それも楽しいよ」
「そうなんだ。行ってみようかな。あなたは?」
「俺は今日はいいかな。
楽しいんだけどさ、ついハメ外しすぎちゃって記憶飛んじゃうんだ。
無性に行きたくなる時もあるんだけど、明日出勤だからやめとくわ。
楽しんできて」
男性はひらりと手を降って、地下に送る私を見送ってくれる。
もう少し話したそうにしていたけれど、引き際を心得ているのだろう。
まだ一人としか会話していないが、
ああいう人が多いのならこのクラブは案外悪くないと私は少し安心した。
ポスターやフライヤーがべたべた貼られた廊下の先に、地下へ続く階段が見えた。
ごきげんなグラブミュージックがここまで漏れてきている。
分煙も何もあったもんじゃないダンスフロアは、
タバコの煙と人々の熱気で白く烟っていた。
「いえーい!」
酔っ払った若い男性が、意味もなくハイタッチを求めてくる。
適当にタッチを返して、私はぎゅうぎゅう詰めのフロアを進んで、
奥の簡易なバーカウンターを目指した。
「地下のフロアの一番奥にあるカウンターでお酒飲んで、
それで普通に帰ってきたらサキも納得するでしょ……」
呟きながら、人混みを掻き分けてバーカウンターにたどり着く。
ここに来るまでにハイタッチを十回、
握手を五回、
キスを仕掛けられること二十回。
上手くあしらって、時には冷たい視線を返しつつ、ようやくである。
「すみません、ビールを……って、あれ?」
薄暗いカウンターは無人だった。
その奥で青いランプが明滅している。