先輩と目が合った。
僕はその目を見た瞬間、どきりとさせられた。先輩の視線は、今まで見たことが無いくらい真剣なものだった。
いや、見たことが無い、は嘘だ。
僕はこの視線を知っている。先輩が絵に向かっているとき、こんな目をしていることを僕は知っている。
そして僕は、この視線の意味を、たぶん、知っている。
「私を描いて、とは……」
「そのままの意味。私の絵を描いて」
「でも、人の絵は」
「私を見てほしいの」
「っ……」
「私はね、あなたの絵が好き」
「あ、ありが」
「それとね」
僕が感謝の言葉を言い終える前に、彼女が遮ってきた。
「私は、あなたが、好き」
また、あの目で彼女は僕のことを、真っすぐに見つめてきた。
そうだ。先輩のあの目は、好きなものを見つめるときの目だ。
僕はその目が、ごくまれに僕に向けられていることに、気づいていたような気がする。
でも僕は勇気がなくて、ずっと、知らないふりをしていた。
でも、今逃げるのは、違うと思う。
「ありがとう、ございます」
今度は、遮ってはこなかった。
「僕、とてもうれしいです」
僕は、さっきから握っていたままになっていた絵筆を置いて、彼女の方にきちんと向き直った。
「先輩がよければ、ですけど」
「うん」
「僕と付き合ってほしいと、思います」
はっと先輩が息をのんだ。
本当は僕から言うべきだった言葉を、僕は先輩に告げた。
「うれしい」
その言葉を聞いて、ほろりとほころんだ先輩の表情。
その表情は、とても美しかった。
「やっぱり私は、あなたに私を、見てほしい」
一呼吸。
「私は、自分のすべてを、あなたに見てほしいの」
先輩は、またあの視線を僕に向けて、やっぱり真っすぐにそう言った。
「だから、私を描いて」
その言葉は、とても透き通っていて、僕の体の中にすっとしみ込んできた。
僕は、この言葉には答えるしかないと、そう思った。
「うまく描けなくても、いいですか」
「私は、あなたが描くあなたが見たいの、だから……」
「なら、描きます」
先輩の幸せな表情をみた僕は、きっと先輩のことを綺麗に描こうと、心に決めた。