そこには、何も身に着けていない先輩がいた。
「き、綺麗です」
何も言わないのは不自然だと思ってひねり出した言葉は、どうしようもないくらい使い古された言葉だった。
でも、僕はそれ以外の表現で、今僕が抱いた感情を表せる言葉を知らなかった。
「どこ見てるの、えっち」
「あ、いや……」
思わず僕は、先輩の胸を見てしまった。
誰かの胸をこんな風に見たことはなかった。
上向きにハリのある乳房は、健康的で、とてもみずみずしかった。
そして視線をゆっくり下げていくと、程よく引き締まったお腹、うっすらと毛に覆われた股間、そしてすらりと伸びた足が目に入ってきた。
これを綺麗と言わずして、なんと言えばいいのだろうか。
僕は自分の欲望がむくむくと大きくなっていくのを、抑えられずにはいられなかった。
でも、今から僕は、先輩の絵を描かなくてはいけない。
先輩の思いに、応えなくてはいけない。
「じゃあ、私を描いてくれる?」
「はい、描きます」
僕はなるべく、平静を装って言った。
先輩には、普段モデルをしてもらうときに立つ場所に立ってもらった。
その間に僕は、イーゼルにスケッチブックを置いた。
「こんな感じでいい?」
先輩は、自然な体勢でポーズをとった。
その立ち居振る舞いはとても美しくて、僕はどきりとしてしまった。
ただ、今だけはこの胸の鼓動に知らないふりをして、彼女と向き合った。
僕は鉛筆で、彼女の体を描いていく。まずは全身をラフに描いてから、少しずつ輪郭を整えていき、細部を細かくデッサンしていく。
水が流れるように自然な曲線を描く彼女の体。
そのふちに沿って、僕は鉛筆を走らせた。
先輩の方を見るたびに股間には力が入ってしまうし、ドキドキしてしまうけれど、徐々にそれも落ち着いてきた。
十五分ほど時間が経過して、ようやく僕のデッサンは形になった。
初めて人体をこうしてみることができたが、なかなか納得のいくものになったと思う。
「先輩、描けました」
僕はそういって、鉛筆を置いた。
「まだ簡単なものですが」
大まかにはできているものの、まだ影の付け方だったり、ディティールだったりはまだ甘いところもある。
しかし、初めてのヌードデッサンにしては悪くないものが描けたのではないだろうか。
「どれどれ?」
先輩は、全裸のままで僕に近づいてきた。
絵に集中していたから、少し落ち着いてはいたが、そのままの恰好で近づいてくる先輩に、また僕はドキドキしてしまった。
「すごい、綺麗に描けてる」
「せ、先輩が綺麗だからですよ」
「もう」
先輩は、僕の肩のあたりを肘でついた。
「でも、十五分くらいの簡単なスケッチでここまで描けるのはすごいと思うよ。お世辞じゃなくて」
「あ、ありがとうございます」
お礼を言おうと思って、ちらりと横を見た。
すると、先輩は絵を覗き込んでいるせいで前かがみになっていて、乳房が重力で少し垂れ下がっていた。
その形が妙にリアルで、生々しくて、僕の欲望がまた、むくむくと膨れ上がっていくのを感じた。
「どうしたの?」
「あ、いや……」
「もしかして、興奮してるの?」
先輩は、いたずらっぽい顔で僕の顔を覗き込んできた。
「そ、そりゃしますよ……」
心臓が口から飛び出してきそうだ。
「私たち、もう恋人なんだし、触ったっていいんだよ」
彼女は、僕の絵に視線を戻して、僕とは目を合わせずに言った。
どき、と心臓が大きく一つ跳ねた。
「こんなに綺麗に描いてもらえて、私もひとまず満足したし……」
先輩の頬が少し赤く見えるのは、夕日のせいだろうか。
でも、まだ日が沈むには少し早い気がする。
「ね、結城」
「なんですか」
「あなたも脱いで」
「え?」
「私、あなたのことも見たい」
先輩の表情は、とても真剣だった。
僕は少しだけ迷ったけれど、結局こう答えた。
「わかりました」
と。