「あ、このソファってもしかして、先日社内で話題になったやつですか?」
「え?俺は知らないけど」
「ほら、室長がマッサージチェアに座ってるといつの間にか値落ちして、椅子から落ちちゃうんだよなってボヤいてて……。ベルト付ければって社員の一人が言ったら、実験動物じゃないんだからさぁって言いましたよね」
「うん、言った気もするね」
「その後、まぁなら作ればいっか……って室長言ったんですよ。その数日後に、傾斜?反射?何とか抵抗?私にはよく分からなかったですけど、なんかそういう……難しい?理論を使ってみたんだーって、室長が持ってきたのがこのソファですよね。コツを知らないと、ソファから落ちない・立ち上がれないっていう」
「あーそうそう。うん、そのソファ」
「すごいなぁ。室長なんでも作っちゃうんだもん。……って、ホントだ!本当に立てないです!面白いですね。用事が終わったらコツ教えて下さい」
「うん、終わったらね。ほら、このヘッドギアかぶって」
「なんですかコレ?」
「脳波計。最近病院行きにくいし、自宅で脳波計れたら便利でしょ。コレはその試作品で、君は被験者ってわけ」
「ええ……何で私が……」
「だって君のこと気に入ってるから、俺」
「……ま、まぁ、いいです、けど」
佳菜子は俯いて、手早くギアを頭にかぶった。
心臓がドキドキして、顔が熱くなる。
ど、どうしよう……緊張とかって、脳波に出ちゃうのかな……?
佳菜子は額を隠すぐらいの大きさのギアの下から、気づかれないようそっと東雲室長の顔を窺った。
室長は一見冷たい容貌をしているが、話してみるとどこかのんびりした雰囲気を感じさせる男である。
開発室に出入りする内、いつしか佳菜子は室長に好意を持っていた。
「佳菜子ちゃん、そこからこのモニター見える?」
「あ、は、はい……」
「ここに脳波の計測値が出るから、興味あったら見てて。ちなみに販売部のでっかいモニターにも映像送れるから、いい結果が出たら映そうか。まだ何人か残ってるよね」
「はい、私が販売部から出た時にはまだほとんど全員残ってました」
「へぇ、みんな熱心だねぇ」
「そう言う室長だって、こうやって残って作業してるじゃないですか」
「うーん、まぁ俺のは趣味みたいなもんだから」
室長はモニターの角度を調整してから、のんびりした足取りでソファの方へ近づいてきた。
思わずドキリとして、佳菜子はぎゅっと身体に力を入れる。
「……ん、もしかして緊張してる?」
ピッ、ピピッ、と高い音を鳴らしたモニターを横目に見ながら、東雲室長はゆるく首を傾げた。
「あ、その、少し」
「痛いことはしないからさ、リラックスして。楽しんでくれたら嬉しいけど……まぁ、それはさすがに無理かな」
「そうですね……。こう、意志の制御を外れた反応を見られるのは恥ずかしいっていうか……」
「うん、身体は正直ってやつだね」
「あはは、それです」
室長は唇の端を淡く笑ませて、座っている佳菜子に顔を近づけた。
長身の彼が身を屈めて、できたその影に覆われる。
「あ、あの、東雲室長?」
「じゃあ測定を始めようか。ところで佳菜子ちゃんって、感じやすい方?」
「へ……?」